六度法|3つのルールできれいな字

2014.8.21 罪深い“指導”

それって、どういう字?

「元気な字・堂々とした字・上品な字・しっとりとした字・落ち着いた字・あかぬけした字・雄大な字・さわやかな字・とげとげしい字・下品な字・偏狭な字」などの評語を見ることがあります。
 これらは、そのように書こうと思って書けるものではなく、直そうと思って直せるものではありません。どこがどうというのではなく、評者が全体から受けた印象や感想を恣意的・感覚的・情緒的に述べたものだからです。

「書」と「書字」の境界を曖昧にする“害”

 こういうものは知らず知らずのうちに“害”を与えています。「書字」と「書」との境界線を曖昧にさせることです。
 「書」は墨を筆に含ませて文字を素材として美を追求する芸術です。それを行うのが「書道」です。
 これに対して、記録・伝達・学習・業務で文字を書くのは「書字」です。ここで目指すべきは「整正字」です。
 “害”というのは、「整正字」を書くという目標を見えにくくしてしまうことです。「書」では、あえてバランスを崩すことさえあります。これは「整正」と真逆で、日常の実用字にはよくないことです。しかし、そういう“芸術まがい”に価値があるかのようなカン違いを誘います。

「書字」の目標は「整正字」

 「整正字(きれいな字)」を書くためには、「書道」と「書字」とは、別のものであると認識することです。両者に共通点や関連性があるのはもちろんですが。
 「書字」の目標は「整正字」です。そう認識すれば達成に向けて進み始めたのも同然です。右に上げ、右下に引っ張り、間隔を等しくするだけです。

3ルールをチェックすればよい

 自分でチェックするにせよ、教師が子どもに助言するにせよ、どこをどうすればよいのか具体的に把握することが必要です。教師であれば、それを平易明快に指摘することです。六度法の3ルールは、そのどれをも満たすものです。
 「元気な字・堂々とした字・・・」以下の評語は、そのような技術論・方法論をもたないことの表れではないでしょうか。