六度法|3つのルールできれいな字

2014.8.14 平仮名と片仮名

平仮名・片仮名は右上がり六度法だけで書ける

 平仮名・片仮名は、「右上がり六度法」だけで「きれいな字」で書けます。
 私は著書もセミナーも、「右上がり6度線」を書いていただくことから始めています。これが書ければ「きれいな字」が書けることを平仮名・片仮名で確認していただきます。平仮名・片仮名は、漢字からできた字であり、字形が簡略なので「右上がり六度法」の効果を確かめるのに適しているからです。小学生を対象とするときだけでなく、成人やシニアを対象とした講座でも同じです。きれいな平仮名・片仮名がカンタンに書けることがわかると、会場・教室には驚きと喜びの気分が広がります。
「片仮名・平仮名の書き方をお聞きになるのは生まれて初めてではないですか?」と言いますと、皆さん「ほんとにそうだ」というお顔で返されます。

「よく見て書きなさい」

 平仮名・片仮名は字形が簡単なので、先生の指示は「よく見て書きなさい」というのが普通です。それを言う先生自身もそれ以上は聞いたことがないのですから、仕方がありません。お手本をよーく見て、ひたすら書く。これが書道の学習方式のように思われます。
 「お手本をよく見て、おしゃべりをしないで、椅子にちゃんと掛けて、姿勢を正して、落ち着いて、一生懸命、集中して、根気よく書きなさい」。
 姿勢や態度も大事なことではありますが、それは字形の指導ではありません。「お手本をよく見て」と言われても、どこを見るのかわからないので、子ども達は目を向けるだけです。つまり、seeにすぎません。椅子にちゃんと掛けないでおしゃべりをしたり、悪い姿勢で落ち着かないのは、目標を明確につかめていないからです。

字形整正に向けたコメントがない

 清書を指導する際も同じです。「書けましたか。はい見せてもらいましょう」と言いながら先生は朱墨(しゅずみ)で上から書いていくだけ。「ここをこうすると、バランス上こういう効果があります。こういうところはこうします。○や△という字にもこの技法が当てはまりますよ」というようなコメントはありません。
 「今度のお手本はこれですよ。頑張ってね」と言われても、どう頑張ればよいのか示されません。ひたすら書くのみです。

書道(界)の知恵やコツがない

 トップページで述べているように、81%の人は「きれいな字」を書きたいと願っています。しかし、そのためのコツも知恵も知らないので、年賀状や熨斗袋(のしぶくろ)や履歴書を前にしてできることといったら、深呼吸をする、冷たい水を呑むくらいしかありません。なぜこうなのかといえば、書道(界)に知恵やコツがないからです。「ひたすら書く」のみで技術論や方法論がないので、漏れ伝わって人々の役に立つということがないのです。
 
六度法は技術で書く
 これに対して、六度法は、「右上がり六度法」「右下重心法」「等間隔法」というわかりやすい3ルールを指示することによって「きれいな字」を書く技術を習得させることができます。
小1の「かきかた」(書写)の授業を想像してみましょう。
 「お手本をよく見て、横画がどれくらい右上がりになっているか、右下に伸びる○画目はどれくらい長くなっているかを見てご覧なさい」と言われればそこを注意深く見ます。seeではなくてwatchです。そうすることによって気付くことがあり、それに近づけようと「一生懸命に、集中して」書きます。「きれいな字」になっていく手ごたえを感じれば、もう一回書いてみようという意欲が湧き、「根気よく」書くでしょう。
 これを重ねていけば、「右に上げる」「右下に引っ張る」「幅を同じにする」ということが自分の感覚になり、「きれいな字」を書く字技術が身に付きます。

「書道」と「書字


 ここで述べたのは、「書道」と「書字」の学習方式は異なるということであって、善し悪しではありません。
 「書道」は芸術です。お手本をよく見、ひたすら書くことによって感得する、つかむ、悟るというのが「書道」の“技術論”であり“方法論”なのでありましょう。
 申すまでもなく、日常において実用の字を書くことは「書字」であって「芸術」ではありません。「きれいな字」を書くのなら、そのための技術である「六度法」を使うのが合理的ではないですか。「くらしの知恵」と受け止めて使っていただけたらと考えております。